こんにちは!とめとです。
2026年3月7日に放送された「アナザースカイ」で、北山宏光さんが14年ぶりにインドを訪れて大きな話題になりましたね!私も実は、ここ1年くらいインドにとっても関心があって、ヨガをしていることもあって、今回の放送はとっても楽しみでした!そして案の定、訪れたい場所がまた一つ増えそうです、ヤバイ!
北山宏光さんが26歳の時に人生観を大きく変えたという”伝説の宿”。その名前は「久美子の家」。インド・バラナシのガンジス川沿いにある日本人ゲストハウスで、バックパッカーの間では知らない人はいないと言われる場所です。
この記事では、北山宏光さんが再訪した「久美子の家」の場所や、どんな宿なのか、なぜ”伝説”と呼ばれるのか、そして現在どうなっているのかについて詳しくまとめました。旅好きな方はもちろん、北山宏光さんのファンの方も、ぜひ最後まで読んでみてくださいね!
今夜の放送はいかがでしたか?✈️❄️#北山宏光 さん回は
— ANOTHER SKY | アナザースカイ (@ANOTHERSKY_NTV) March 7, 2026
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北山宏光が再訪した”伝説の宿”は「久美子の家」!場所はどこ?
2026年3月7日放送の「アナザースカイ」で、北山宏光さんが14年ぶりに訪れたのは、インド北部の都市バラナシ(ヴァラナシ)にある日本人ゲストハウス「久美子の家(クミコハウス)」です。
バラナシは、ヒンドゥー教の聖地として世界中から巡礼者や旅人が集まる街。そして「久美子の家」は、ガンジス川のほとりに位置する日本人バックパッカーの”聖地”として知られています。
場所は、ガンジス川沿いの「パンデイガート」というエリア。宿の屋上からは、ガンジス川の向こうから昇る朝日を眺めることができる、最高のロケーションなんです!私も実際に行ってみたくなりました。朝日を見ながらヨガができたら最高ですよね!
バラナシは、インドの首都デリーから飛行機で約1時間、または電車で10時間ほどの場所。初めてのインド旅行では少しハードルが高く感じるかもしれませんが、一度訪れると人生観が変わると多くの旅人が語る場所でもあります。
インド・ヴァラナシの「久美子の家」ってどんな宿?

ガンジス川沿いの日本人ゲストハウス
「久美子の家」は、1982年頃に開業した老舗の日本人ゲストハウスです。日本人女性のガンゴパダヤイ久美子さんが、インド人の芸術家と結婚してバラナシに移住し、自宅を改修してスタートさせた宿なんです。
宿の最大の魅力は、何と言ってもガンジス川が目の前に広がるロケーション。宿の屋上からは、早朝にガンジス川で沐浴する人々や、川の向こうから昇る神秘的な朝日を眺めることができます。私も朝日を見るのが大好きなので、この景色は絶対に見たいです!
また、日本語が通じる安心感もあり、情報交換ができる場所として、多くの日本人バックパッカーに愛されてきました。旅の途中で同じ日本人と出会えるって、やっぱり心強いですよね。
1泊数百円!バックパッカーの聖地
「久美子の家」のもう一つの特徴は、破格の安さです。ドミトリー(相部屋)の宿泊料金は、なんと1泊80〜200ルピー程度。日本円にすると、約140円〜350円くらいです!信じられない安さですよね。
もちろん、設備は最低限。シャワーやトイレは共同で、インド特有の環境に慣れる必要はあります。でも、それがバックパッカー旅の醍醐味でもあるんです。
1990年代には、一晩に60人以上の日本人旅行者が泊まることもあったそうです。当時は、テレビ番組「進め!電波少年」で猿岩石の有吉弘行さんがヒッチハイク旅に挑戦したことがきっかけで、インドを旅する日本人が急増しました。その影響もあり、「久美子の家」はバックパッカーの”聖地”として語り継がれるようになったんですね。
なぜ”伝説の宿”と呼ばれるの?久美子さんってどんな人?
40年前にインド人と結婚、バラナシへ移住
「久美子の家」の店主、ガンゴパダヤイ久美子さんは、1970年代後半(1977年頃)にインド人の芸術家と結婚し、バラナシへ移住しました。当時のインドは、今よりもずっと治安が不安定で、久美子さんも最初は旦那さんから「外出しないように」と心配されていたそうです。
でも、久美子さんは1982年頃に自宅を改修し、日本人旅行者向けのゲストハウスを開業。日本人が安心して泊まれる場所がほとんどなかった時代に、この宿の存在はとても貴重だったんです。
久美子さんは、旅人たちに優しく接し、時には人生のアドバイスをしてくれることでも知られています。北山宏光さんも、久美子さんの言葉に大きな影響を受けたと語っていますよね。
旅人の”居場所”として口コミで広まった理由
「久美子の家」が”伝説の宿”と呼ばれる理由は、単に安いからだけではありません。旅人同士が自然と集まり、情報交換や交流ができる”居場所”としての役割を果たしてきたからです。
当時はインターネットもスマートフォンもなかった時代。旅の情報は、宿で出会った旅人から直接聞くのが一般的でした。「久美子の家」は、そんな旅人たちが集まる拠点として、口コミで広まっていったんですね。
さらに、久美子さん自身が日本人ということもあり、異国の地で日本語が通じる安心感は計り知れないものがあったと思います。私も一人旅で疲れた時、日本語が通じる場所があるとホッとしますから。
長渕剛さんなど、有名人も訪れたことがあると言われていて、まさに”伝説の宿”にふさわしい場所なんです!
北山宏光が14年前に訪れたきっかけは?

26歳で挑んだ「ひとりぼっちインド横断」
北山宏光さんが初めてインドを訪れたのは、2012年のこと。当時26歳だった北山さんは、日本テレビの番組「J’J Kis-My-Ft2 北山宏光 ひとりぼっち インド横断 バックパックの旅」に出演し、単独でインドを旅しました。
この企画は、マネージャーもスタイリストもなし。スタッフも基本的に手を貸さず、日本語もほとんど通じない環境の中で、北山さん自身がバックパッカーとして成長していく姿を追ったものでした。
当時の北山さんは、「もっと男として成長したい」「人見知りしない強い自分になりたい」という思いを抱えていたそうです。その気持ち、すごく共感できます。私も若い頃、自分を変えたくて一人旅に出たことがあるんです。旅って、自分と向き合う時間をくれますよね。
インドの旅は、日本とはまったく違う文化や価値観、街の空気に触れる体験。スパイスの効いたカレー、混雑した街の交通、そして現地の人々との触れ合い。すべてが北山さんにとって刺激的で、人生を見つめ直すきっかけになったんだと思います。
久美子さんの言葉が心に響いた瞬間
北山宏光さんが「久美子の家」に滞在した際、久美子さんから人生観を変えるような言葉をかけられたと言われています。具体的な内容は明かされていませんが、旅の途中で悩んでいた北山さんに、久美子さんが温かくアドバイスをしてくれたのではないでしょうか。
バックパッカーの宿では、こうした人との出会いや会話が、旅の一番の宝物になることが多いんです。私も旅先で出会った人の言葉に救われた経験があります。その時の言葉って、何年経っても心に残りますよね。
「幸せとは何か」人生観を変えた久美子さんの言葉とは?
今回の「アナザースカイ」の放送では、北山宏光さんが久美子さんから聞いた言葉が紹介されました。それは、「幸せとは何か」というテーマに関するもの。
久美子さんは、インドという異国の地で40年以上も暮らし、多くの旅人を迎えてきた方です。その経験から語られる言葉には、深い重みがあるんだと思います。
番組の中で北山さんは、「久美子さんの言葉が、自分の人生観を大きく変えた」と語っていました。「幸せ」の定義は人それぞれですが、久美子さんは物質的な豊かさではなく、心の豊かさや人との繋がりの大切さを伝えたのかもしれません。
私もヨガをしていて、「幸せとは何か」について考えることがよくあります。結局、外側にあるものじゃなくて、自分の内側にあるものなんですよね。久美子さんの言葉は、きっとそういう本質的なことを教えてくれたんだと思います。
14年ぶりの再会!北山宏光が久美子さんにもう一度会いたかった理由
当時26歳、今40歳…ソロ転身後の心境
北山宏光さんは、2025年に40歳を迎えました。26歳の時に訪れたインドから、14年という月日が流れたんですね。その間、北山さんはKis-My-Ft2のメンバーとして活躍し、その後ソロに転身。俳優やアーティストとして活動の幅を広げてきました。
20代と40代では、見える景色も感じ方も変わります。26歳の自分が悩んでいたこと、目指していたもの。それを40歳になった今、どう感じるのか。そんな思いから、北山さんはもう一度「久美子の家」を訪れたんだと思います。
私も50代になって、若い頃に訪れた場所にもう一度行きたいって思うことがあります。きっと昔とは違う感覚で、その場所を味わえるんでしょうね。
ガンジス川で語った”あの時の自分”
番組では、北山さんがガンジス川のほとりで、当時の自分を振り返るシーンがあったそうです。ガンジス川は、ヒンドゥー教で「生と死」を象徴する聖なる川。そんな場所で過去の自分と向き合うって、すごく深い体験だったと思います。
北山さんは、「あの時の自分がいたから、今の自分がある」と語っていました。26歳の時のインド旅行が、間違いなく北山さんの原点なんですね。
人生の節目に、自分の原点を訪れるって大切なことだと思います。私も時々、若い頃を思い出して、「あの時の自分、頑張ってたなぁ」って振り返ることがあります。そうやって過去の自分を認めてあげることで、また前に進めるんですよね。
「久美子の家」は現在どうなってる?
2024年から改修で一時休業中
実は、「久美子の家」は2024年9月から改修工事のため一時休業となっています。久美子さんは既に娘夫婦の住む南インドに移住しており、経営権は息子さんに渡っていました。しかし、家庭の事情により、建物はインド人実業家に貸し出されることになったそうです。
今後、約5年間は別のホテルとして運営される予定とのこと。「久美子の家」という名前が残るのかどうかは、現時点では不明です。もし名前が変わってしまったら、ちょっと寂しいですね…。
それでも、建物自体はバラナシに残っているので、改修後も旅人たちにとって特別な場所であり続けるといいなと思います。
再開は2029年頃の予定
改修工事が終わり、再び宿として営業を再開するのは2029年頃の予定だそうです。まだ数年先ですが、再開されたらぜひ訪れてみたいですよね!
日本人宿というスタイル自体、最近は減少傾向にあります。インターネットやスマートフォンが普及して、情報収集が簡単になったこともあり、昔のように宿で旅人同士が情報交換する必要がなくなったんですね。
でも、やっぱり人との繋がりや温かさは、ネットでは得られないもの。「久美子の家」のような場所が、これからも残り続けることを願っています!
北山宏光の簡単プロフィール
年齢や生年月日は?
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 北山宏光(きたやま ひろみつ) |
| 生年月日 | 1985年9月17日 |
| 年齢 | 40歳(2026年3月現在) |
| 出身地 | 神奈川県相模原市 |
| 血液型 | A型 |
| 身長 | 168cm |
北山宏光さんは、1985年9月17日生まれの40歳。神奈川県出身で、2002年5月3日にジャニーズ事務所に入所しました。その後、Kis-My-Ft2のメンバーとして活躍し、グループは2011年にデビューしています。
Kis-My-Ft2からソロへの道のり
北山宏光さんは、Kis-My-Ft2のメンバーとして長年活動してきましたが、2024年にグループを卒業し、ソロ活動へと転身しました。現在は、俳優やアーティストとして幅広く活動されています。
グループからソロへの転身は、大きな決断だったと思います。でも、26歳の時にインドで自分と向き合った経験が、きっとこの決断を後押ししたんじゃないでしょうか。自分の道を自分で決める勇気、本当に素敵だと思います!
世間の反応やSNSの声
今回の「アナザースカイ」放送後、SNSでは多くの反響がありました。
「北山宏光のインド旅、めちゃくちゃ良かった!久美子の家、行ってみたい!」 「14年前と今の北山さん、成長してるのが伝わってきた」 「久美子さんの言葉、泣けた…人生観変わるってこういうことなんだな」 「ガンジス川の朝日、絶対見に行きたい!」
といった声が多く見られました。
特に、旅好きな人やバックパッカー経験のある人からは、「久美子の家、懐かしい!」「自分も昔泊まったことがある」といったコメントも。多くの人の心に残る場所なんだなと改めて感じました。
私も、この記事を書いていて、ますますインドに行きたくなりました!ヨガの本場でもありますし、絶対にいつか訪れたいです。
【放送後の追記!】

14年前の久美子さんの言葉が、今の北山宏光に残したもの
今回のアナザースカイでは、北山宏光さんが再びインドを訪れたものの、
14年前に出会った“伝説の宿”のオーナー・久美子さんとの再会は叶いませんでした。
しかし、番組では当時の映像が流れ、ふたりが交わした会話が改めて紹介されました。
その言葉は、40歳になった北山さんの胸に今も深く残っているもの。
「幸せってね、特別なことじゃないんだよ」
久美子さんが北山さんに伝えたのは、旅の途中で出会った人だからこそ響く、シンプルで力強い言葉。
“幸せはどこか遠くにあるものじゃない。目の前の小さなことを大切にできるかどうか。”
若い頃の北山さんは、この言葉に救われたと語っていました。
「自分の人生を、自分で選んでいい」
当時の北山さんは、仕事や環境に揺れながらもがいていた時期。
そんな彼に久美子さんは、“誰かの期待ではなく、自分の人生を生きていい”というメッセージを投げかけていました。
14年経った今、独立し、新しい道を歩き始めた北山さんにとって、この言葉は“背中を押してくれた原点”として蘇ったように見えました。
再会は叶わなくても、言葉は生き続ける
今回の旅は、“もう一度会いたい”という願いを胸に抱えながらも、その答えを得られないまま終わりました。
それでも北山さんは、久美子さんの言葉が今も自分の中で生きていること、
そしてその言葉が今の自分を支えていることを静かに語っていました。
再会できなかった寂しさと、それでも変わらず心に残る“あの時の言葉”。この旅は、北山さんにとって
“過去と今をつなぐ確認の旅”だったのかもしれません。
まとめ:久美子の家は北山宏光の原点!伝説の宿で人生が変わった
北山宏光さんについて、この記事で分かったことをまとめます。
・14年ぶりにインド・バラナシの「久美子の家」を再訪
・26歳の時に「ひとりぼっちインド横断」で訪れ、人生観が変わった
・久美子さんの「幸せとは何か」という言葉が心に響いた
・「久美子の家」は1982年開業の日本人ゲストハウスで、バックパッカーの聖地
・2024年から改修で一時休業中、2029年頃に再開予定
北山宏光さんの真面目で誠実な人柄や、自分の道を切り開いていく姿勢が、少しでも伝わっていれば嬉しいです。40歳になった今もなお、自分の原点を大切にする北山さんの姿に、私も励まされました。
私も、久美子さんのような生き方に憧れます。異国の地で自分の居場所を作り、多くの旅人に影響を与え続けるって、本当にすごいことですよね。いつか私もバラナシを訪れて、ガンジス川の朝日を見ながらヨガをしてみたいです!
北山宏光さんの新しい情報が入ったら、また追記していきますね。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


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