三浦璃来の肩脱臼はいつ?癖になる?全日本で演技直前に脱臼も五輪で復活の理由

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こんにちは!とめとです。

フィギュアスケートの三浦璃来さんと木原龍一さんのペア、愛称「りくりゅう」をご存知ですか?

2025年末の全日本選手権で、三浦璃来さんが演技直前に左肩を脱臼するという衝撃的なアクシデントがあったんです。

でも、その後わずか1ヶ月半で2026年ミラノ・コルティナ五輪に復活し、自己ベストを更新する演技を見せてくれました!

この記事では、三浦璃来さんの肩脱臼がいつ起きたのか、癖になるリスクはあるのか、そしてどうやって五輪で復活できたのかを詳しくまとめました。

パートナー木原龍一さんとの絆のエピソードも感動的です。気になる方は、ぜひ最後まで読んでみてくださいね!

三浦璃来の肩脱臼はいつ起きた?衝撃の全日本選手権

三浦璃来さんの肩脱臼が起きたのは、2025年12月20日の全日本フィギュアスケート選手権でした。

しかも、ショートプログラム(SP)本番の直前、6分間練習中というタイミングだったんです。

この日、東京の国立代々木競技場で行われた全日本選手権で、「りくりゅう」ペアは2連覇を目指していました。

GPファイナル覇者として、当然のように優勝候補に挙げられていた2人。

しかし、演技直前の練習中に、三浦さんがスロージャンプの軌道に入る際にバランスを崩し、古傷の左肩を脱臼してしまったんです。

木原龍一さんは後のインタビューで「心臓が止まるかと思った」と語っています

そりゃそうですよね、本番直前のアクシデントですから。

私も娘がバスケをやっていた頃、試合前のウォーミングアップで捻挫したことがあって、あの時の焦りと不安を思い出しました。

それでも、三浦さんはリンクサイドにいた信頼するトレーナーに脱臼した肩を入れ直してもらい、そのまま本番に挑んだというから驚きです。

その結果、国際スケート連盟(ISU)非公認ながら、世界歴代最高得点を上回る84.91点を記録し、首位に立ちました。すごいですよね!

しかし、翌日のフリー演技は棄権せざるを得ませんでした。

肩の状態を考えると、無理は禁物だったんですね。

演技直前に脱臼という緊急事態!何が起きたの?

全日本選手権当日の状況

2025年12月20日、全日本選手権2日目のペアSP。

「りくりゅう」は最終滑走グループとして、リンクで演技直前の6分間練習に臨んでいました。

この6分間練習は、本番前に氷の感触を確かめたり、ジャンプの調整をしたりする大切な時間です。

ところが、その練習中に三浦さんがスロージャンプの準備動作でバランスを崩してしまったんです。

フィギュアスケートのペアでは、男性が女性を高く投げ上げる「スロージャンプ」という技があります。

その軌道に入る瞬間、三浦さんの体勢が崩れ、左肩が外れてしまいました。

実は、三浦さんの左肩脱臼は以前からの古傷だったそうです。

一度脱臼した肩は、どうしても再発しやすくなるんですよね。

脱臼した瞬間と直後の対応

「脱臼した!脱臼した!戻して…」

カメラが捉えた映像では、三浦さんがリンクサイドに駆け寄り、痛みに耐えながらトレーナーに助けを求める様子が映っていました。

トレーナーはすぐに応急処置を行い、外れた肩を元の位置に戻したそうです。

普通なら、この時点で「棄権」という選択肢もあったはずです。

でも、三浦さんは諦めませんでした。

木原さんも傍にいて、優しく声をかけながら三浦さんを支えていたそうです。

トレーナー、コーチ、そしてパートナーの木原さん。

信頼できる人たちが傍にいてくれたことが、三浦さんに勇気を与えたんでしょうね。

私も50代になって、ヨガや瞑想を続けていますが、体のケアって本当に大切だと実感します。

でも、どんなに気をつけていても、アクシデントは起きるもの。

そんな時、周りに信頼できる人がいるって、本当に心強いんですよね。

それでも演技を続行した理由

では、なぜ三浦さんは演技を続行する決断をしたのでしょうか。

実は、「りくりゅう」ペアは前年の2024年GPファイナルでも、同じように三浦さんが肩を脱臼し、演技が崩れてしまった経験があったんです。

その時の悔しさ、そして「同じ状況でもう一度挑戦したい」という強い気持ちがあったと言われています。

また、この全日本選手権の結果は、2026年ミラノ・コルティナ五輪代表選考にも関わる重要な大会でした。

ここで棄権してしまえば、五輪出場が危うくなる可能性もあったんです。

三浦さんは演技後のインタビューで、こう語っています。

「去年のGPファイナルと同じ状況だったので、今回は切り替えて挑むことができました。信頼しているトレーナーさん、コーチ、そして木原さんが傍にいてくれたから」

この言葉を聞いて、私は思わず涙が出そうになりました。

努力を積み重ねてきた人が、困難に直面しても前を向いて進む姿って、本当に胸を打たれますよね。

私も一人旅に出て生きる元気を取り戻した経験があります。

人は、誰かに支えられながら、また自分の力で立ち上がっていくんだなって思います。

肩脱臼って癖になるの?繰り返すリスクを解説

一度脱臼すると癖になりやすい理由

よく「肩の脱臼は癖になる」って聞きますよね。

実は、これは医学的にも根拠のある話なんです。

肩関節は、ボール(上腕骨頭)と受け皿(肩甲骨関節窩)の組み合わせでできています。

この構造、実は他の関節に比べて不安定なんです。

肩は腕を大きく動かすために、可動域がとても広い関節。

その分、外れやすいという弱点があるんですね。

一度脱臼すると、関節を支えている靭帯や関節包(関節を包む袋)が損傷します。

これらが完全に回復しないまま動かすと、また外れやすくなってしまうんです。

特に10代や20代の若いスポーツ選手の場合、初めて脱臼した後、反復性脱臼(脱臼癖)になる確率は80〜90%とも言われています。

実際、脱臼の回数を重ねるごとに、より軽微な外力でも脱臼が生じるようになります。

ラグビー選手を対象にした研究では、「4回」の脱臼が黄信号とされているそうです。

三浦璃来さんの左肩も、以前から脱臼を繰り返していた「古傷」だったと報道されています。

だからこそ、今回のアクシデントにも冷静に対処できたのかもしれませんね。

フィギュアスケート選手にとっての影響

フィギュアスケート、特にペアの選手にとって、肩の脱臼は選手生命に関わる大きな問題です。

ペア競技では、スロージャンプ、リフト、ツイストリフトなど、女性選手が高く投げ上げられたり、持ち上げられたりする技が多くあります。

これらの技では、着地時や支える瞬間に肩に大きな負担がかかるんです。

肩が不安定な状態では、こうした技を恐怖なく実行することが難しくなります。

技術的にできても、「また外れるかもしれない」という心理的な不安が、パフォーマンスを低下させてしまうんですよね。

また、利き腕が脱臼癖になってしまうと、日常生活にも支障をきたします。

衣服の着脱、物を持つ動作など、何気ない動きで外れてしまうこともあるそうです。

私も40代からヨガを始めて、体のバランスや柔軟性の大切さを実感しています。

でも、アスリートの方々が求められる身体能力は、私たちの想像をはるかに超えるレベル。そ

のプレッシャーの中で、怪我と向き合いながら競技を続ける姿には、本当に頭が下がります。

再発防止のために必要なこと

では、肩脱臼の再発を防ぐには、どうすればいいのでしょうか。

まず重要なのが、適切なリハビリテーションです。

脱臼後は、肩の関節周辺の筋肉を強化するトレーニングが欠かせません。

インナーマッスル(深層筋)を鍛えることで、関節を安定させることができるんです。

三浦璃来さんも、全日本選手権の後、専門のトレーナーがカナダの練習拠点まで来て、肩のトレーニングを見直したと語っていました。

肩の関節周辺を集中的に強化したそうです。

また、脱臼を繰り返す場合は、手術という選択肢もあります。

損傷した靭帯を修復したり、関節の安定性を高める手術を行うことで、再発率を大幅に下げることができます。

ただし、手術後は長期間のリハビリが必要で、競技復帰まで半年以上かかることもあるそうです。

三浦さんの場合、2026年2月のミラノ五輪というタイムリミットがありましたから、手術ではなく保存療法(手術しない治療法)とトレーニングで対処したのでしょう。

それでも、わずか1ヶ月半で五輪の舞台に復帰できたのは、本当に驚異的です。

日々のケアとトレーニング、そして信頼できる医療チームのサポート。

この3つが揃って初めて、トップアスリートは怪我を乗り越えられるんですね。

五輪で復活できた理由は?治療とリハビリの道のり

脱臼後の治療方法

全日本選手権で左肩を脱臼した三浦璃来さんは、すぐに専門医による診察と治療を受けました。

脱臼直後は、まず整復(外れた関節を元に戻すこと)が行われます。

三浦さんの場合、リンクサイドでトレーナーが応急処置として整復を行い、その後、病院で詳しい検査を受けたと報道されています。

検査では、レントゲンやMRI(磁気共鳴画像装置)を使って、骨や靭帯の損傷状態を確認します。

幸いなことに、三浦さんの場合は骨折や大きな靭帯断裂はなかったようです。

もし骨折していたら、五輪出場は絶望的だったでしょう。

その後の治療は、炎症を抑える処置と、関節の安定性を高めるためのリハビリが中心になりました。

痛み止めや炎症を抑える薬も使われたと思われますが、ドーピング検査に引っかからないよう、薬の選択にも慎重な配慮が必要だったはずです。

アスリートの怪我って、治療一つとっても大変なんですよね。

私たち一般人なら「とりあえず痛み止めを飲んで安静に」で済むところを、選手たちは使える薬も限られているし、復帰までのタイムリミットもある。

本当に過酷な世界です。

五輪までのリハビリスケジュール

全日本選手権が2025年12月20日、ミラノ・コルティナ五輪のフィギュアスケート団体戦が2026年2月6日。

つまり、三浦さんにはわずか1ヶ月半しか回復期間がなかったんです。

12月下旬、三浦さんと木原さんは数日間の休養を取った後、12月27日にカナダの練習拠点で練習を再開しました。

最初は氷上に乗らず、陸上でのトレーニングから始めたそうです。

専門のトレーナーがカナダまで来て、肩の関節周辺の筋力強化トレーニングを指導しました。

インナーマッスルを鍛える地味なトレーニングを繰り返し、少しずつ肩の可動域を広げていったんですね。

1月に入ると、徐々に氷上での練習を再開。

最初はスピンやステップなど、肩に負担の少ない要素から始め、段階的にスロージャンプやリフトといった高難度の技にも取り組んでいきました。

木原龍一さんは、三浦さんの肩の状態を常に気にかけながら、練習メニューを調整していたそうです。

パートナーとして、また先輩スケーターとして、木原さんの配慮が三浦さんを支えたんでしょうね。

2月初旬、五輪開幕直前の公式練習では、「不安なく過ごせている」「氷はすごく私たちに合っている」とコメント。順調な回復ぶりを見せていました。

そして2026年2月6日、ミラノ五輪の団体戦ペアSPで、三浦さんは見事に復活を果たしたんです!

しかも、自己ベストを更新する82.84点をマークし、この種目で1位を獲得しました。世界歴代3位の得点です。すごいですよね!

地道な努力を積み重ねた結果が、この舞台で花開いたんだと思うと、胸が熱くなります。

私も「継続は力なり」をモットーにしていますが、三浦さんの姿は、まさにその言葉を体現していますよね。

メンタル面でのサポートや工夫

怪我からの復活で、肉体的なリハビリと同じくらい重要なのが、メンタル面のケアです。

三浦璃来さんは、全日本選手権後のインタビューで「今のけがを全力で治して全力でトレーニングして頑張ります」と強い決意を語っていました。

この前向きな姿勢が、回復を早めた大きな要因の一つだと思います。

また、木原龍一さんやコーチ、トレーナーといったチームの存在も大きかったはずです。

三浦さん自身が「信頼している人たちが傍にいてくれた」と何度も語っているように、信頼関係が心の支えになったんですね。

さらに、過去の経験も役立ちました。

前述のとおり、2024年のGPファイナルでも同じような状況で演技が崩れた経験がありました。

その時の反省を活かし、「今回は冷静に対処できた」と三浦さんは語っています。失敗を次に活かす。これもメンタルの強さですよね。

私も人生の中で、仕事で疲れ果てて退職した経験がありますが、あの時一人旅に出て、自分を見つめ直す時間を持てたことが、今の自分につながっています。

困難な状況に直面した時、自分を信じること、そして信頼できる人に頼ること。

この両方が大切なんだなって、三浦さんのエピソードを聞いて改めて思いました。

パートナー木原龍一との絆も支えに

「りくりゅう」ペアの強さの秘密は、2人の深い絆にあると言っても過言ではありません。

三浦璃来さんと木原龍一さんがペアを組んだのは2019年。

三浦さんが18歳、木原さんが27歳の時でした。

年齢差は9歳、身長差は30cm(三浦さん146cm、木原さん174cm)というペアです。

結成当初から、2人の息はぴったりでした。

木原さんは、三浦さんとトライアウトをした時のことを「合わせるんじゃなくて、合うんだ」と表現しています。運命的な出会いだったんですね。

全日本選手権で三浦さんが脱臼した時も、木原さんはすぐに駆け寄り、優しく声をかけていました。

「心臓が止まるかと思った」と語りながらも、冷静に三浦さんを支えたんです。

また、演技後のインタビューで三浦さんが「トレーナーさんもコーチも傍に居てくれた」とコメントすると、木原さんが「オレは!?」とツッコむ微笑ましい場面もありました。

こういうユーモアを交えた会話ができる関係性って、素敵ですよね。

木原さんは、練習でも常に三浦さんの肩の状態を気にかけ、負担のかかる技は慎重に取り組んでいたそうです。

2人の間には「言わなくても分かる」という信頼関係があると、過去のインタビューで語られています。

私も夫や娘たちとの関係で、「家族の絆」の大切さを日々感じています。

思いついた時に家族をハグするのが私の習慣なんですが、言葉にしなくても伝わる愛情ってあるんですよね。

三浦さんと木原さんの関係を見ていると、家族のような、それ以上の深い絆を感じます。

2人は、2026年のミラノ五輪の後も一緒に滑り続けると誓い合っているそうです。

「8年後もきっと」という言葉が、2人の固い絆を物語っていますよね。

これからの活躍も本当に楽しみです!

三浦璃来の簡単プロフィール

ここで、三浦璃来さんの基本プロフィールをまとめておきますね。

年齢や生年月日は?

名前:三浦璃来(みうら りく)
生年月日:2001年12月17日
年齢:24歳(2026年2月時点)
出身地:兵庫県宝塚市
身長:146cm
所属:木下グループ
学歴:中京大学スポーツ科学部卒業

三浦さんは、小柄ながら力強い演技が魅力の選手です。146cmという身長は、ペア競技では理想的なサイズと言われています。

フィギュアスケートの主な経歴

三浦璃来さんのフィギュアスケート経歴は、本当に輝かしいものがあります。

2019年:木原龍一さんとペアを結成
2022年:北京五輪 個人7位、団体戦銀メダル
2022年:GPファイナル優勝
2023年:世界選手権優勝(日本ペア初の快挙!)
2023年:四大陸選手権優勝
2024年:世界選手権2位
2025年:世界選手権優勝(2度目)
2025年:GPファイナル優勝
2025年:四大陸選手権優勝(2度目)
2026年:ミラノ・コルティナ五輪出場(2大会連続2度目)

わずか7年で、ここまでの成績を残すなんて驚異的ですよね。

特に2023年の世界選手権優勝は、日本ペア史上初の快挙として大きな話題になりました。

パートナーの木原龍一さんも、これまでに3つの五輪に出場した経験豊富な選手です(2014年ソチ五輪、2018年平昌五輪、2022年北京五輪)。

三浦さんとのペアで迎えたミラノ五輪は、木原さんにとって4度目の五輪となりました。

2人の愛称「りくりゅう」は、三浦さんの「りく」と木原さんの「りゅういち」から取ったもの。この愛称で呼ばれるほど、日本国民から愛されているペアなんです。

世間の反応やSNSの声

三浦璃来さんの肩脱臼からの復活劇には、多くのファンが感動の声を上げています。

全日本選手権でのアクシデント後、SNSでは
「りくちゃん大丈夫?」
「無理しないで」という心配の声が殺到しました。

一方で、痛みを堪えながらも84.91点という高得点を出した演技には、
「すごすぎる」
「プロ根性に感動」といった称賛の声も。

そして2026年2月6日、ミラノ五輪の団体戦で自己ベストを更新する82.84点をマーク。

演技後、2人そろって笑顔を見せた瞬間、SNSは
「涙が止まらない」
「おめでとう!」
「感動をありがとう」といったコメントで溢れました。

特に印象的だったのは、「三浦さんの努力と木原さんの支えに感動」「2人の絆が素晴らしい」といった、ペアとしての関係性を称える声です。

また、「脱臼から1ヶ月半で復活なんて信じられない」「どれだけ努力したんだろう」といった、リハビリの過程を想像する声も多く見られました。

私も、このニュースを知った時は思わず目頭が熱くなりました。

人の努力や誠実さに心を動かされるタイプなので、三浦さんの頑張りと、それを支えた周りの人たちの愛情に、本当に感動したんです。

まとめ:三浦璃来は肩脱臼を乗り越えて五輪で輝いた!

三浦璃来さんについて、この記事で分かったことをまとめます。

2025年12月20日の全日本選手権、演技直前の6分間練習で左肩を脱臼 
・古傷の左肩が再び外れるアクシデントも、トレーナーの応急処置で本番に挑戦
・肩脱臼は一度起きると癖になりやすく、若いアスリートで再発率80〜90%
・全日本後、専門トレーナーによる肩周辺の筋力強化トレーニングを実施
・わずか1ヶ月半で五輪に復活し、自己ベスト82.84点で団体戦ペアSP1位
・パートナー木原龍一さんとの深い信頼関係が支えに
・「言わなくても分かる」絆で、困難を乗り越えた

三浦璃来さんの真面目で誠実な努力、そしてそれを支えたパートナーやチームの絆が、少しでも伝わっていれば嬉しいです。

肩脱臼という大きなアクシデントから、わずか1ヶ月半で五輪の舞台に復活し、しかも自己ベストを更新するなんて、本当に驚異的ですよね!

2026年ミラノ五輪では、個人戦もあります。

「りくりゅう」ペアの悲願の金メダル獲得に向けて、これからも応援していきたいですね。

地道な積み重ね、信頼できる仲間との絆、そして何より諦めない心。

三浦璃来さんの姿から、私たちも勇気をもらえます。これからの活躍が本当に楽しみですよね!

三浦璃来さんの新しい情報が入ったら、また追記していきますね。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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