こんにちは!とめとです。
今日の「あさイチ」で料理コーナーに登場していた”しもさん”こと下柳剛さん、ご覧になりましたか?エプロン姿がとっても可愛らしくて、穏やかな笑顔で料理を教えている姿が印象的でしたよね!でも、野球ファンの間では「あの伝説のグローブ投げ事件の人だ!」と話題になっているんです。
実は下柳さん、現役時代は阪神タイガースの左腕エースとして活躍したプロ野球選手。そして2007年の試合で起きた”グローブ投げ事件”は、当時かなり話題になって、今も語り継がれている名シーンの一つなんですよ。しかも後年の本人の証言によると「半分は演技だった」というから驚きです!面白くて、チャーミングな方だなって思いました。
この記事では、下柳剛さんのプロフィールや現役時代の実績、そして伝説の”グローブ投げ事件”の真相について詳しく調べてまとめました。気になる方は、ぜひ最後まで読んでみてくださいね!
あさイチ料理コーナーの”しもさん”こと下柳剛ってどんな人?
今日の「あさイチ」で料理コーナーに登場していた”しもさん”こと下柳剛さん、淡いグリーンのエプロン姿がとっても可愛かったですよね!穏やかな笑顔で料理を教えている姿を見て、「あれ?この方どこかで見たことある気がする…」と思った方も多いのではないでしょうか。
下柳剛さんは、元プロ野球選手です。福岡ダイエーホークス(現ソフトバンク)、日本ハムファイターズ、そして阪神タイガースで活躍した左腕投手なんですよ。特に阪神時代は先発のエースとして2度のリーグ優勝に貢献し、2005年には史上最年長(37歳)での最多勝利を獲得したすごい選手なんです!
野球ファンの間では「豪腕」「職人肌」「気難しそうで実は優しい」で知られていて、現役時代は「シモヤン」の愛称で親しまれていました。そして、野球解説者として活躍する一方で、釣りやアウトドアなど趣味を活かした番組にも多数出演されています。2020年からは自宅キッチンで料理をする番組「シモさんだよ!」も持っているんですよ。
MC博多華丸さんとは同じ福岡出身で、ダイエー時代から交流があるそうです。番組では「こんな形で華ちゃんと会うとは…」と10年以上ぶりの再会を喜んでいましたね。マウンドで見せていた真剣な表情とはまったく違う、ニコニコした笑顔がとても印象的でした!
下柳剛の簡単プロフィール
下柳剛さんの基本的なプロフィールをまとめてみました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 下柳剛(しもやなぎ つよし) |
| 生年月日 | 1968年5月16日 |
| 年齢 | 57歳(2026年2月現在) |
| 出身地 | 長崎県 |
| 身長/体重 | 184cm/95kg |
| 血液型 | O型 |
| 投打 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ野球歴 | 22年(1991年〜2012年) |
| 経歴 | 長崎瓊浦高→八幡大学中退→新日鉄君津 |
年齢や生年月日、出身地は?
下柳剛さんは1968年5月16日生まれ、長崎県出身です。2026年2月現在で57歳になります。身長184cm、体重95kgという恵まれた体格で、左腕投手としては大柄な部類に入りますね。
長崎瓊浦高校で野球を始め、八幡大学に進学しましたが中退。その後は新日鉄君津で社会人野球を経験しました。1990年のドラフト4位で福岡ダイエーホークスに入団し、プロ野球選手としてのキャリアをスタートさせたんです。
私も学生時代にバスケットボールやテニスをやっていたのでわかりますが、身長184cmって競技者としてはかなり有利な体格ですよね。その恵まれた体を活かして、22年間もプロの世界で活躍し続けた努力には、本当に頭が下がります。
現役時代の主な経歴と実績
下柳剛さんのプロ野球人生を時系列で見てみましょう。
【ダイエー時代(1991年〜1995年)】 入団当初は先発・中継とフル回転で活躍。タフネスぶりを発揮し始めた時期です。
【日本ハム時代(1996年〜2002年)】 この時期が特にすごいんです!1993年から2002年の間で、60試合以上登板が4度もあるという驚異的なタフネスぶり。先発・中継とフル回転でチームに貢献しました。「このまま毎年60試合近く投げていたら、引退が早まっていた可能性もある」と本人が後に語っているほど、ハードなピッチングを続けていたんですね。
【阪神タイガース時代(2003年〜2011年)】 2003年に阪神へ移籍し、ここから下柳さんの黄金期が始まります。移籍後は主に先発ローテーションの一角を担い、2度のリーグ優勝に貢献しました。
特筆すべきは2005年、37歳での最多勝利獲得です。これは史上最年長記録なんですよ!その年は13勝を挙げ、阪神のリーグ優勝に大きく貢献しました。この記録は今でも破られていません。
【楽天イーグルス時代(2012年)】 最後の年は東北楽天ゴールデンイーグルスでプレーし、44歳で現役を引退しました。
通算成績を見ると、22年間のプロ野球人生で100勝以上を記録しています。先発・中継・抑えと、どこでも投げられる器用さと、何より「絶対に諦めない」という強い気持ちが、長いキャリアを支えていたんでしょうね。
私は人と関わる仕事をしてきたので、チームスポーツで20年以上もトップレベルで活躍し続けるって、技術だけじゃなく人間関係や自己管理の能力も必要だと思うんです。その意味で、下柳さんは本当にプロフェッショナルだったんだなと感じます。
伝説の”グローブ投げ事件”とは?2007年阪神vs横浜戦で何が起きた?
さて、ここからが本題です。野球ファンなら誰もが知っている“下柳グローブ投げ事件”について、詳しく見ていきましょう!
事件が起きたのは2007年10月1日、横浜スタジアムで行われた阪神タイガースvs横浜ベイスターズ(現DeNA)の試合でした。この試合、実はただの試合じゃなかったんです。
クライマックスシリーズ進出がかかった大事な試合
2007年シーズン終盤、阪神タイガースはクライマックスシリーズ進出がかかった重要な局面を迎えていました。この横浜戦に勝てば、クライマックスシリーズ出場が確定する、まさに「負けられない戦い」だったんです。
チーム全体にプレッシャーがかかる中、先発を任されたのが下柳剛投手でした。当時39歳。ベテランとしてチームを引っ張る立場だったんですね。
私も仕事で大切なプロジェクトを任されたとき、「絶対に成功させなきゃ」というプレッシャーを感じたことがあります。それがチーム全体の命運を左右する場面となれば、その緊張感は計り知れないですよね。
下柳さんには10勝目がかかっていた
さらに、下柳投手個人にとってもこの試合は10勝目がかかった大事な試合でした。プロ野球投手にとって、シーズン10勝というのは一つの目安となる数字です。ベテランとして、この試合で勝って10勝を達成したいという思いもあったでしょう。
チームのため、自分のため、そしてファンのため。様々な思いを背負ってマウンドに立った下柳投手でしたが、この試合で信じられない出来事が起きてしまうんです…。
なぜ激怒した?ショート秀太のミスが続いた5回の悲劇
事件が起きたのは5回の守備でした。この回、遊撃手(ショート)の田中秀太選手のミスが立て続けに起こり、下柳投手の怒りが爆発してしまったんです。
当時の試合展開を詳しく見ていきましょう。
二塁ベースを踏み損ねて併殺が取れない
5回1死一塁の場面。打者が打った打球はセカンドゴロでした。セカンドの関本賢太郎選手が捕球し、二塁封殺を狙って秀太選手に送球しました。
ここでダブルプレー(併殺)が取れればピンチを脱出できる…はずでしたが、秀太選手の足が二塁ベースから早く離れてしまい、併殺が成立しませんでした。ランナーがセーフとなり、1死一、二塁に。
この時点で下柳投手は少しイライラしていたそうですが、まだ大丈夫。次でしっかり抑えればいいと思っていました。
遊ゴロを弾いてしまう
しかし、次の打者・仁志敏久選手が打った打球はショートゴロ。秀太選手の正面に飛んできました。ここでアウトを取れればまだピンチは広がらない…。
ところが、秀太選手がこの打球を弾いてしまい、エラーになってしまったんです!
これを見た下柳投手はヒザから崩れ落ち、グローブをグラウンドに叩きつけました。1死満塁のピンチです。この瞬間、下柳投手の怒りが表に出始めました。
私も何か大切なことがうまくいかないとき、思わず感情が表に出てしまうことがあります。でも、あの場面で下柳さんが感じたフラストレーションは、想像を絶するものだったでしょうね。
慎重になりすぎてアウトを取りきれない
そして、次の打者・相川亮二選手もまたショートゴロを打ちました。3打者連続でショートへの打球です。
秀太選手は今度こそはと、慎重に捕球してから二塁へ送球しました。しかし、慎重になりすぎたせいで動作が遅れ、関本選手から一塁への返球が間に合わず、またしても併殺崩れに。横浜に1点が入ってしまいました。
この時、下柳投手の怒りは頂点に達します。
マウンドでグローブを叩きつけた瞬間!2回も投げた下柳さんの心境
ついに、下柳投手はマウンド上でグローブを地面に叩きつけました。しかも、2回も!
1回目は秀太選手が打球を弾いたとき、2回目は併殺崩れで失点したときです。テレビで見ていたファンは、あまりの激怒ぶりに「下柳さん、怖すぎる…」と震え上がったそうです。
下柳投手本人は後に、この時の心境をこう語っています。
「打たせて取る投球をしていたのに、ショートゴロが3本も続いて、どれもアウトが取れなかった。チーム全体がダレていると感じていて、ここで空気を締める必要があると思った」
つまり、怒りは秀太選手個人に向けたものではなく、チーム全体への警鐘だったんですね。大事な試合で緊張感が足りないことに対して、ベテランとしてカツを入れた…という側面もあったようです。
「わざと2回ショートゴロを打たせた」説は本当?
実は、下柳投手本人が後に明かしたところによると、「ここで綺麗にゲッツー(併殺)取って終われよ」という”親心”でショートゴロを打たせたそうなんです!
最初のエラーの後、「次こそは取れるだろう」と信じて、わざとショート方向に打たせるコースに投げたとか。それなのにミスが続いてしまい、さすがの下柳投手も堪忍袋の緒が切れてしまったというわけです。
本人いわく、「半分は演技だった」という証言も残っています。最初のグローブ叩きつけは”照れ隠し”や”怒ったふり”のパフォーマンスという側面もあったそうです。チーム全体の空気を引き締めるため、あえて感情を表に出した部分もあったんですね。
でも、さすがに3本連続でミスが続いたときは、本気で怒っていたとも語っています(笑)。
当時の秀太選手の表情や反応
一方、グローブを投げつけられた秀太選手の表情は、完全に凍りついていました。テレビカメラに映ったその顔は、まさに「やってしまった…」という表情。
下柳投手があまりにも激怒しているので、秀太選手は何も言えず、ただ黙ってプレーを続けるしかなかったそうです。周りのチームメイトも、誰も声をかけられない雰囲気だったとか。
私も若い頃、ホテルのブライダルコーディネーターをしていたとき、先輩から厳しく叱られた経験があります。その場では何も言い返せなくて、ただひたすら謝るしかなかったんですよね。秀太選手もきっと同じような気持ちだったんじゃないかなと思います。
でも、この後のエピソードがまた素敵なんです!
事件のその後…秀太選手との関係や周囲の反応は?
「あんなに怒られて、その後の関係は大丈夫だったの?」と心配になりますよね。実は、試合後は秀太選手と普通に一緒にご飯を食べに行ったそうなんです!
下柳投手は試合が終わった後、すぐに秀太選手に声をかけて「悪かったな、でもあれはチーム全体に向けてのことだから」と説明したそうです。秀太選手も理解してくれて、まったく尾を引いていないとのこと。
さすがプロの世界ですよね。試合中は真剣勝負で感情をぶつけ合っても、試合が終わればノーサイド。この切り替えの早さは、見習いたいものです。
私も「楽しいことは分け合う」をモットーにしていますが、同時に「仕事とプライベートを分ける」ことの大切さも感じます。下柳さんと秀太選手の関係は、まさにそれを体現していますね。
とばっちりを受けた鳥谷選手のエピソード
実はこの事件、思わぬ”とばっちり”を受けた人がいました。それが鳥谷敬選手です。
鳥谷選手は当時、この試合に出場していませんでした。ところが、試合後に下柳投手から「なんで、お前出てないねん!」と激ギレされたそうなんです(笑)。
鳥谷選手は「いや、俺この試合出てないし…」と困惑したそうですが、下柳投手は「お前が出てたらあんなエラーは起きなかった!」と八つ当たり(?)していたとか。
後年、鳥谷選手も赤星憲広氏のYouTubeチャンネルでこのエピソードを語り、「あれは本当に理不尽だった」と笑いながら振り返っています。
このエピソード、なんだか微笑ましいですよね。下柳さんって、怒っているようで実はお茶目な一面もあるんだなって感じます。
下柳さん本人が後に語った真相
下柳投手本人は、後年のインタビューやYouTubeチャンネルで、この事件の真相を赤裸々に語っています。
「最初のグラブ叩きつけは照れ隠しや怒ったふりのパフォーマンス。チーム全体がダレていると感じていて、空気を締める意味もあった。でも3本連続でミスが続いたときは、さすがに本気で怒った(笑)」 引用:東京スポーツ新聞連載記事
また、関本賢太郎選手も後に「むっちゃ怖かった。でも下柳さんはあの後、普通にみんなと話していたから、演技の部分もあったんだと思う」と語っています。
矢野燿大監督(当時は捕手)も「あの瞬間、ベンチ全体が凍りついた。でも下柳さんの気持ちもわかる。大事な試合であのミスは痛かった」と振り返っています。
私は「努力や誠実さに心を動かされる」タイプなので、下柳さんが勝利への執念を持ってチームを引っ張ろうとした姿勢に、すごく共感します。表現方法は激しかったけれど、その根底にはチームへの愛情があったんですよね。
現在は「あさイチ」で料理講師に!現役時代とのギャップが話題
そんな下柳剛さん、現在は野球解説者として活躍する傍ら、なんと料理番組にも出演しているんです!
今日の「あさイチ」では、料理コーナー「みんな!ゴハンだよ」にダイエー、阪神などで活躍した元プロ野球選手として、料理の講師として初登場しました。淡いグリーンのエプロン姿で、ニコニコ笑顔で料理を作っている姿は、現役時代のイメージとはまったく違いますよね!
番組では五島うどんを使った明太カルボナーラを披露。ゆずこしょう、粉チーズ、黒七味など、和洋の境界を越えたトッピングの魅力を、丁寧に説明していました。その手つきは慣れたもので、「料理上手なんだな」というのがすぐにわかりました。
私も料理が好きで、家族のために色々作るんですが、下柳さんの料理への取り組み方を見ていると、「野球と同じで、丁寧に基本を積み重ねることが大事なんだな」と感じました。
しもさんが料理番組に出るようになった理由
なぜ下柳さんが料理番組に出るようになったのか、気になりますよね。
実は2020年の日本プロ野球開幕延期に伴い、プロ野球中継の代替番組として、下柳さんが自宅キッチンで自ら料理をする番組「シモさんだよ!」が始まったんです。
この番組が意外と好評で、「下柳さんって料理できるんだ!」「マウンドでの厳しい表情とは全然違う!」と話題になりました。釣りやアウトドアなど趣味を活かした活動もされており、料理もその延長線上にあるようです。
現役時代から料理が好きだったそうで、引退後は自宅でよく料理を作っているとのこと。野球一筋だったイメージが強いですが、実は多趣味で器用な方なんですね。
私も50代に入ってから、ヨガや瞑想を始めたりして新しいことにチャレンジしています。下柳さんのように、現役時代とは違う新しい分野で活躍する姿を見ると、「何歳になっても挑戦できるんだ」と勇気をもらえます。
世間の反応やSNSの声
今日の「あさイチ」放送後、SNSでは下柳さんの登場に驚く声が続々と上がっていました!
・「まさか #あさイチ で下柳さん見るとは…!」 ・「グローブたたきつけた試合のイメージがあるのでニコニコ料理作ってる姿を見てギャップにやられた」 ・「下柳さんが料理してる…!マウンドであんなニッコニコしてなかったのに」 ・「エプロン姿可愛すぎる!」 ・「画面を二度見したわ」
特に野球ファンからは「あの下柳さんが料理!?」と驚きの声が多数。一方で、「優しそうに料理を教えていて好感度上がった」「実は昔から料理上手だったんだね」といった好意的な反応も多く見られました。
私も今日の放送を見て、「人って色んな顔を持っているんだな」と改めて感じました。仕事では厳しくても、プライベートでは優しい。そんなギャップが、下柳さんの魅力なんでしょうね。
まとめ:下柳剛の”グローブ投げ事件”は今も語り継がれる伝説!
下柳剛さんについて、この記事で分かったことをまとめます。
【要点まとめ】 ・下柳剛さんは1968年5月16日生まれ、長崎県出身の元プロ野球選手 ・ダイエー、日本ハム、阪神で22年間活躍し、2005年には37歳で史上最年長の最多勝を獲得 ・2007年10月1日の横浜戦で、ショート秀太選手の連続ミスに激怒し、グローブを2回叩きつけた ・本人曰く「半分は演技」で、チーム全体の空気を引き締める意図もあった ・試合後は秀太選手と普通に食事に行き、まったく尾を引いていない ・現在は野球解説者として活躍する傍ら、料理番組にも出演 ・「あさイチ」での穏やかな料理姿が、現役時代とのギャップで話題に
下柳剛さんの真面目で誠実な人柄、そしてチームへの熱い思いが、少しでも伝わっていれば嬉しいです。”グローブ投げ事件”は確かに衝撃的でしたが、その背景にはベテランとしてチームを勝たせたいという強い気持ちがあったんですね。
そして今、料理番組でニコニコ笑顔を見せる下柳さんの姿は、「人生は何度でも新しいステージに挑戦できる」ことを教えてくれています。私も「ゆるやかに」「まろやかに」をモットーにしつつ、下柳さんのように新しいことにチャレンジしていきたいなと思いました!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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