2022年に現役引退を表明した元プロ野球選手北海道日本ハムファイターズの杉谷拳士さんが今回「酒のツマミになる話」に出演されます。1991年2月4日 生まれ34歳の杉谷さんついて、どのような人柄なのか一緒に見ていきましょう。
杉谷拳士さんの現在
杉谷拳士さんと言えば、現在タレント業もされていますが、2023年に自身で会社を設立されて、実業家として活動されています。さらにYouTuberとしても自身の活動や思いを配信されています。
現在は、北海道と東京を行き来しながら 設立された「ZENSHIN CONNECT」の社長業をこなしておられるのです。
スポーツや教育の分野で、また地域社会や国際交流の場においても さまざまな『前進』をサポートしていくことを、会社のコンセプトにされています。
杉谷拳士さんと大谷翔平さんの関係とは
杉谷さんは、大谷翔平さんと日本ハムでチームメイトとして、5年間一緒にプレーしている間柄です。(年齢は大谷翔平さんの方が4才年下ですが)
昨年9月に大谷選手がMLB史上初の「50本塁打ー50盗塁」を達成した時に杉谷さんが、とてもナイスな発言をされていて、話題になりました。
偉業達成の喜びと祝福の心境を、YouTubeで配信したのがこのコメント!
言いたくないんだけど 僕の全力の一年を大谷選手は終盤の一日で達成してしまったってことだね。
俺が離脱とかはしてない、しっかり一年間やった時の。。。2021年の2本塁打9打点2盗塁ね。
悔しくないかって言ったらウソになるけど、比べないで欲し~い!
悔しいって言葉はない、もう天才、しかもメジャーだしね。
そして、その日のツイッターの閲覧が1800万再生だった事にも驚いたー。
杉谷さんは、大谷選手の呼び方についても「僕が翔平って言ってしまうと、周りの方たちも『何で偉そうに翔平って言ってんだよ』って言われてしまうので、常に大谷選手です」と、今まで「翔平」と呼んでいたのを改めたことを、ユーモアたっぷりに説明されました。
厄介な魔物、イップスについて
杉谷拳士さんが、「酒のツマミになる話」に出演され
熱弁!芸人は本当のイップスを知ってるのか? っと、このイップスについて語られますので、少し調べてみたいと思います。
イップスというのは、野球経験者や、野球に詳しい人なら聞いたことがあるのでしょうが、一般的にはそこまで知られていない言葉ですね。
中学野球選手の42%、大学野球選手の47%が、このイップスの症状を経験しているという調査結果があるということなので、非常に高い確率で選手に発症することが分かっている症状ということです。
ある日突然、ボールを思い通りに投げられなくなってしまうというのが代表的な症状で、「送球イップス」と呼ばれているそうです。
野球以外のイップスでよく知られているのが、ゴルフのパターが上手く打てずに、入らなくなってしまうという症状なのだそうです。
実は「イップス」という言葉は、元々ゴルフの世界から来ていて、この症状に悩まされ引退に追い込まれた プロゴルファー、トミー・アーマーが、1967年に「yips」と名付けたのが起源とされているそうです。
スポーツや人間の運動動作全般に見られる症状なのです。
①ある特定の微細な動作が求められる場面で、
②普通にやればできる簡単な動作であり、
③なおかつ標的が決まっている。
この条件が関係しているようなのです。
イップスについての研究もされていて、サッカーなど、人がいろいろとランダムに動き合っている中で、蹴ったボールが少しくらい外れても問題はないというような状況下での粗大な動作では、あまりイップスの報告を聞かないことも分かってきています
送球イップスの症状が強い人には傾向があり
可視化されにくいのですが、実は大きな問題であり、その症状に悩まされ辛い思いをしている人は、もちろん野球選手に限らず数多いるのが現状だという事ですね。
杉谷拳士さんもご自身では無いにしても、その場面に遭遇したこと、目の当たりにするという経験は少なくないのでは、と想像できます。
そのような、今まであまり知られていないような問題にも、世間の関心を持たせるという事も、野球界のみならずスポーツ界にも杉谷拳士さんなりに貢献できる事を考えられているのかもしれませんね。
杉谷拳士さんのコメントからみた強さ
杉谷拳士さんは、帝京高校時代の2006年夏の甲子園大会3回戦の時、一年生でありながら遊撃手(守備の要)としてグラウンドに立ちました。
試合中に守備で打球が右の頬を直撃したのですが、試合終了までグラウンドに立ち続けたのでした。
到底考えられない事だと思うのですが、、、談話で、このようにコメントしています。
左フックを受けた感じ。痛がったら代えられる。立ち上がって、やれることをアピールしました
診察の結果は、右頬骨の骨折で全治3週間ということでした。
トテツモナイ気迫に満ちた高校一年生です。
その大会では、骨折にも負けず、2日後の準々決勝に出場しています。
歴史的死闘の末、智弁和歌山に敗れはしたものの、この試合後の談話で
またイレギュラーバウンドが来たら、左頬で止めればいいと思いました
という、見事なコメント力。勇士を感じずにはいられません。
高校2年秋からは主将を任され、3年夏の東東京大会開幕では堂々と選手宣誓を行っています。
誰もが夢見る甲子園を目指して戦う最後の夏。東京を熱くします
と、力のみなぎる宣誓でした。
その大役を終えると、報道陣に対して
美声が発揮できました!!
との感想までもが、あっぱれですね。
そのコメントができたのは、高校3年生の杉谷さんが、努力を積み重ねたからこそなのは言うまでもないでしょう。
杉谷さんのお父さん、満さんのコメント
大人もうならせる高校球児・杉谷さんのコメント力なのですが、当時の紙面にはお父さんの満さんが杉谷さんに贈った言葉が紹介されていました。
勝負ごとに2番、3番はいらない。やるからには1番を取れ
杉谷拳士さんのお父さんは、ボクシング元WBA世界フェザー級1位の杉谷満さんです。伯父も元プロボクサーの杉谷実さん。
さすが、さすがで感服いたしました。闘争心も父親譲りというわけですね。
まとめ
野球選手としてチームで戦う競技に必要不可欠な存在だった、杉谷拳士さん。
引退を決めてからは、今まで以上に活躍されることが本当に楽しみです。
持ち前の底抜けに明るい性格と実行力で、全力で向かって行って欲しいです。
『どんなワクワクする事をしてくれるんだろう!』と思わせてくれる杉谷さんに、これからも注目していきたいですね。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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