上沼恵美子 別居の本音と世間の声を調査。芸能界にはよくあるの?【徹子の部屋】

芸能人

11月24日の『徹子の部屋』に、上沼恵美子さんがゲストで出演されます。

上沼恵美子さんと言えば、関西のお笑いを40年以上支えてきた「しゃべくりの女王!」。
温かさと毒舌を両方持つ、唯一無二のエンターテイナーとして愛されているかたですよね。

テーマに【円満別居中の夫は「世界一周旅行」へ…】とかかれているように、今回はご夫婦についてのお話もされるようです!

この記事では、そんな上沼恵美子さんについて調べていきます。

夫の話など、私生活をネタにしすぎると誤解されやすい上沼さんですが、世間の声も深掘りしていきたいと思います!

また、芸能界に限らずですが・・・ 上沼さんのように【距離を置いて仲良くしていく】夫婦の距離感を調整した関係が自然な流れになってきているなかで、有名人でもそのような方たちも意外に多くいるようです。

こちらも気になるかたは、最後まで一緒にみていきましょう!

上沼恵美子プロフィール(年表バージョン!)

1955年兵庫県三原郡(淡路島)に生まれる。
本名:橋本 恵美子。
1971年(16歳)姉・上沼真平さんと漫才コンビ
「海原千里・万里」 を結成。
デビュー後まもなく人気者に。
1975年〜1980年前後「千里・万里ブーム」期。
若手女性漫才コンビとして大ブレイク
関西テレビ・ラジオで多数レギュラー
テレビで広く認知される存在に
1977年(22歳)プロデューサーの上沼真平(まさひら)さんと結婚。
(その後、コンビは事実上引退し、司会者・タレントへ転身。)
1980年代司会業に本格転向。
「おれたちひょうきん族」出演(しっ!知らなかった~!!)
関西の昼帯・夕方帯で司会者として確固たる地位を築く
→ 関西の“名司会者”イメージが定着。
1995年「上沼恵美子のおしゃべりクッキング」開始。
→ 以後26年以上の長寿番組に。
1995年〜2010年代代表的レギュラーが多数長寿に
「快傑えみちゃんねる」(20年以上)大好きだったなぁ~♡
「上沼・高田のクギズケ!」
ラジオ「こころ晴天」など関西のテレビ文化を支える存在へ。
 2007年〜M-1グランプリ審査員に就任。
その辛口かつ愛情深いコメントが大きな信頼を得る。
M-1の母、若手芸人の理解者としての評価が確立。
2018年〜M-1審査員を卒業(後に特別枠として再登場)。
マンション別居報道・夫婦の距離感の話題が注目。
2020年「快傑えみちゃんねる」終了。個人的に残念過ぎました・・・
以降は、テレビ、YouTube、講演など活動をスローペースに。
 2020年代息子2人が結婚(時期は一般に大公開はしていない)。
プライベートの変化とともに“ゆるめの活動”に移行。

海原千里・万里の天才少女
 関西No.1司会者
→ M-1の母という、唯一無二のキャリアを歩んだ人物です!

現在は別居している、その本音は?

上沼さんは、「夫源病」を別居の大きな理由として挙げています。

夫の言動がストレスとなり、心身に不調をきたしたと語っています。

夫の顔を見るとふわふわしてめまいがする

といった症状もあったと告白していました!
これは単なるケンカや気まずさではなく、「生活する中で相手の存在が精神的負担になる」レベルの悩みだったのかもしれませんね。

好き・嫌いという感情というよりも、深いメンタルの落ち込みを経験されたんですね。

人生のフェーズの変化

上沼恵美子さんは、長年連れ添ってきて、「40年で変わる」部分がある、という心情を語っていました。子どもが巣立ち、夫婦二人きりの時間が増えたタイミングで、別居を考え始めたようです。 

つまり、人生のステージ変化をきっかけに、「これからの人生を別々に歩んでみる」という発想が出てきたということなんですね。

一時は離婚も本気で考えていた

そうなのです、上沼さんは 実際、夫婦で旅行中のフィレンツェのレストランで離婚を切り出したことっがあって、単なる別居ではなく「離婚まで本気で検討した」時期があったと 後に語っています。

その後、弁護士を立てたこともあるのでそうです。

しかし夫が離婚を拒否して(くれたおかげで)、最終的に「別居=お互いにとって快適な形」を選ぶことになった。そうです

今は後悔もありつつ、関係は悪くない

なにより素敵なのは、上沼さん本人がそのことを振り返り・・・・

別居を始めてから約5年経った時点で、「あのとき離婚を切り出したのはちょっと突っ走った部分もあった」など、後悔を口にしていることです。

今では「週1回は一緒に過ごす」「帰ってきてくれるとほっこりする」と、完全に関係が断絶しているわけではなく、逆に良好な感じになっている事がよかったですね!上沼さんらしいというか。

「仲が悪いわけではないけど、良いわけでもない」という、絶妙さが心地よいのでしょうね。

中立〜安定した関係性という、大人の距離感。 

本音では「ちょっと嫌になった」との自覚も

上沼さんはラジオ番組で「彼(夫)が70歳のころに、ちょっと嫌になって『別れて』と言った」と話しているように、実際「ちょっと嫌になった」との自覚もあると正直な部分も認めていますね。

こういうところもカッコイイというか、上沼さんの正直な生き方がにじみ出ていて、やっぱり愛してしまいます!!

その後、関係は落ち着いてきて、「見えない絆がある」「身内という感じ」になってきたともはあしています。 

つまり、嫌いになった部分もあるけど、それが全面的な憎悪というより「長年連れ添った身近な存在への複雑な感情」が混じっているというわけですね。音で「嫌いになったから」か?

円満別居について 世間の声は?

「別居はむしろ賢い選択」への共感

多くのメディア(インタビュー記事など)では、上沼さんの別居を「前向きな別居」「賢い夫婦の形」と評価しているようです!

特に、定年後・人生後半における夫婦関係の再定義として、別居を肯定する声が強いことが言われています。 

上沼さん自身もテレビで「結婚30年を過ぎたら別居を勧めたい」と語るなど、別居をポジティブに語っていて、その言葉に共感する人が本当に多いという事です!

別居によってお互いのストレスが減り、関係を長く保てる、という意見も!

女性の自立や自由を象徴する生き方としての別居の支持は強めです。

上沼さんが「女性が自由を取り戻すための別居」を語る場面もあって、それを支持・共感されていますね。

「人生100年時代」における夫婦のあり方を再考するきっかけになっていくと思いました。

別居が「老後のパートナーシップ(同居しないけど切れない関係)」のひとつのモデルとして受け取られているのかもしれません。

そして「後悔」や複雑な感情への共感も多く複雑な気持ちへの理解もされているようです。

好きだったのに細胞が入れ替わったようだ

との表現もあり、長年続けた関係への思いと距離のとり方の難しさを感じました!

そのため、「円満別居=逃げ」ではなく、「自分の人生を見つめ直した上での選択」というのはとってもよく分かります、、、いや、若輩者ですので、分かりたい!!です。


芸能界でも案外多いスタイルだった

① 三田佳子 & 夫(高橋康夫)
  • 数十年連れ添った後に「距離を置く生活」に移行
  • 三田佳子さんは「夫婦にも最適距離がある」と明言
  • 子どもが独立した後、“自分の生活を確立したい”という理由

→ 上沼恵美子さんと同様、長年の結婚と生活リズムの変化が背景とされる。

② 野際陽子 & 夫(千葉真一)
  • お互い忙しく、生活が重ならなくなり“卒婚状態”に
  • 「嫌いではないけど一緒に暮らす意味が薄くなった」という本人の談も
  • 恋愛感情ではなく、生活リズムの違いが要因

夫婦関係の破綻ではなく、生活スタイルの違いが理由と語られた代表例。

③ 阿川佐和子(本人が語った実例)
  • 再婚時に“距離を保つ夫婦”を宣言
  • 「同じ屋根の下にずっといると息苦しくなる」
  • 別宅・別時間を保つことで関係が良好に

→ 会う頻度を減らした方がうまくいく“距離感婚”の好例。

④ 吉永小百合(夫と別居状態が長い)
  • 夫は東京、吉永さんは別邸を拠点に
  • 仕事のスタイルやリズムの違いから“別居したまま円満”
  • 本人は「良い距離感」と語る

→ 上沼さんと同じく 女優としての仕事ペース が大きく関係。

まとめ

  • 上沼恵美子さんは 嫌いになったから別居した というよりも、「関係の形を変えたい」 という柔軟な選択をした人だと思います。
  • 彼女にとって夫は「人生を共にしたパートナー」で、ただ「これ以上従来の形(同居生活)を続けるのは無理がある」と感じた。
  • その上で、完全な断絶ではなく「適度な距離」を保ちつつ、お互いに快適な関係を維持する方法を見つけた、という感じ。

上沼恵美子が語ってきた「別居」の理由は

結論から言うと、「別居=夫を嫌いになったから」というよりも、長年のストレスや関係性の変化が背景にあって、それを「円満別居」という形で落としどころにしている、という解釈が妥当だと思われます。

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