こんにちは!とめとです。
スキークロスという競技をご存知ですか?
複数の選手が同時にスタートして、ジャンプやバンクのあるコースを滑り降りながら順位を競うダイナミックな競技なんです。
そんなスキークロスの日本代表として、今最も注目されているのが須貝龍(すがい・りょう)選手です!
2026年ミラノ・コルティナ五輪でのメダル獲得が期待される須貝選手。
実は元アルペンスキー日本ランキング1位という異色の経歴を持つ、まさに「挑戦し続けるアスリート」なんですよね。
しかも、イケメンで家族想いという完璧っぷり!
この記事では、須貝龍選手のプロフィールや年齢、アルペンからスキークロスへの大転向の理由、そして妻の須貝未里さんとのアスリート夫婦のエピソードまで、詳しく調べてまとめました。
気になる方は、ぜひ最後まで読んでみてくださいね!
須貝龍がイケメンすぎる!スキークロス日本のエースに注目
須貝龍選手、まず言わせてください。めちゃくちゃイケメンです!
スキークロスという、複数の選手が同時にスタートしてジャンプや起伏のあるコースを滑り降りる対戦型競技。
見た目のわかりやすさとスピード感が魅力で、見ている方もハラハラドキドキする競技なんですよね。
そんなスキークロスの日本代表エースとして活躍する須貝龍選手は、177cmの長身にスポーツマンらしい引き締まった体。
そして何より、爽やかな笑顔がとっても素敵なんです
!SNSでは「イケメンすぎる」「かっこいい」という声が続々。
私も画像を見て、思わず「わぁ!」って声が出ちゃいました(笑)。
2025年3月の世界選手権では、スキークロスで日本人初となる銅メダルを獲得!これは五輪、世界選手権を通じて日本勢が史上初めて表彰台に上がった快挙なんです。
すごいですよね!
転向してわずか6年でここまでの結果を出せるのは、元アルペンスキー日本ランキング1位という確かな実力と、何より「諦めない心」があったからこそ。
私も人生で何度か大きな転機がありましたが、新しいことに挑戦する勇気って本当に大切だなって、須貝選手を見ていて改めて感じます。
2026年2月のミラノ・コルティナ五輪では、日本人初のメダル獲得が期待されています。
世界のトップ選手たちを相手に、どんな戦いを見せてくれるのか。今から楽しみで仕方ありません!
須貝龍のWikiプロフィール
須貝龍選手について、基本的なプロフィールをご紹介しますね!
年齢や生年月日は?
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 須貝龍(すがい・りょう) |
| 生年月日 | 1991年12月11日 |
| 年齢 | 34歳(2026年1月現在) |
| 出身地 | 新潟県胎内市 |
| 身長 | 177cm |
| 体重 | 80kg |
| 所属 | チームクレブ |
須貝選手は1991年12月11日生まれの34歳(2026年1月現在)。
実は、須貝選手の結婚記念日は1月12日の「スキーの日」。
妻の未里さんのインスタグラムによると、
「結婚記念日を夫婦で過ごすという概念が全く無くハイシーズンに入籍した」とのこと(笑)。
お互いスキー漬けの生活だからこそ、あえてこの日を選んだんでしょうね。素敵です!
出身地や身長などの基本情報
新潟県胎内市出身の須貝選手。
新潟といえば豪雪地帯として有名ですが、まさにスキーをするには最高の環境で育ったんですよね。
高校は新潟県の名門・八海高校に進学。
そして高校3年の時に単身でオーストリアへ渡欧し、本場ヨーロッパでスキーの腕を磨きました。
18歳で一人で海外に行くなんて、すごい決断力と行動力です!
身長177cm、体重80kgという体格は、スキークロスの選手としてはちょうど良いサイズ感。
高速で滑りながらもバランスを保ち、ジャンプやバンクをこなすには、この筋肉質な体が必要不可欠なんですよね。
アルペンスキー時代には、滑降(ダウンヒル)、スーパー大回転などの高速系種目を得意としていました。
この時に培った「スピードの中での正確な技術」が、今のスキークロスでも大いに活きているんだと思います。
アルペンスキーからスキークロスへ!異色の転向経歴
須貝選手の経歴で最も注目されるのが、アルペンスキーからスキークロスへの大転向です。
これは日本のスキー界でも異例の挑戦だったんですよ。
元アルペンスキー日本ランキング1位の実力
須貝選手は、もともとアルペンスキーのトップ選手でした。
なんとアルペンスキー5種目中3種目で日本ランキング1位を獲得したこともある実力者なんです!
・2009年 国民体育大会 準優勝
・2011年 アルペンスキー世界ジュニア選手権 日本代表出場
・2011年 全日本スキー選手権 スーパー大回転 優勝、大回転 準優勝
・2018年 アルペンスキー5種目中3種目で日本ランキング1位
特に滑降、スーパー大回転、アルペン複合といった高速系種目が得意で、ワールドカップに唯一の日本人として参戦していた時期もあったそうです。
すごいですよね!
私もテニスやヨガなど色々なスポーツを経験してきましたが、日本のトップになるってどれだけの努力が必要なのか、想像もできません。
それを成し遂げた須貝選手の努力と才能には、本当に頭が下がります。
2018年平昌五輪代表を逃した挫折
しかし、日本トップの実力を持ちながらも、世界の壁は厚かった。
須貝選手が最大の目標としていた2018年平昌五輪の出場権を獲得することができなかったんです。
当時のインタビューでは、
「日本で誰もまだ到達したことのない高みを目指していたが、世界との差を痛感した」
と語っていました。
27歳という年齢。
アスリートとしては決して若くはない時期に、夢の五輪出場を逃す。
その挫折感は計り知れないものがあったと思います。
私も過去にブライダルコーディネーターの仕事で燃え尽きて、一度すべてを手放したことがあります。
夢や目標が叶わなかった時の喪失感って、本当に苦しいんですよね。
でも、そこから立ち上がる人の強さを、須貝選手から教えてもらった気がします。
2019年スキークロスへの大転換を決断
平昌五輪代表入りを逃した2018年。
須貝選手は大きな決断をします。
それがスキークロスへの競技転向でした。
アルペンスキーで培った高速系種目の技術を武器に、まったく新しい競技に挑戦する。
29歳での転向は、スキー界でも前例がほとんどない挑戦でした。
周囲からは「今からでは遅い」という声もあったそうですが、須貝選手は迷わなかった。
そして転向1年目の2018-19シーズンにワールドカップデビュー、翌2019-20シーズンには5位入賞と、驚異的なスピードで成長を遂げていきます。
転向後わずか3年で北京五輪代表入り。
そして2025年3月には日本人初の世界選手権銅メダル獲得。
この成長曲線は、まさに「努力は裏切らない」ことを証明していますよね。
なぜ転向したの?スキークロスを選んだ理由
アルペンで日本一になった選手が、なぜ競技を変えるという大きな決断をしたのか。
その理由が、とても胸に響くんです。
「オリンピックで金メダル」という夢を諦めきれなかった
須貝選手がスキークロスへの転向を決めた最大の理由。
それは「オリンピックで金メダルを取る」という夢を諦めきれなかったから。
インタビューでは、こう語っています。
「アルペンで平昌五輪に出られなかったのは悔しかった。
でも、スキーで五輪を目指すという夢は捨てきれなかった。
スキークロスなら、アルペンで培った技術を活かせるし、まだメダルを狙えるチャンスがあると思った」
この言葉に、私はすごく心を動かされました。
夢を追いかけることを「諦める」のではなく、「形を変えて挑戦し続ける」という選択。
それって、人生においてとても大切な姿勢だと思うんです。
私も50代になって、若い頃とは違う形で「チャレンジ」を大切にしています。
ヨガや瞑想を通じて、新しい自分に出会う感覚。
須貝選手の姿勢に、改めて「何歳になっても挑戦できる」ことを教えてもらった気がします。
新しい挑戦への想いと覚悟
スキークロスは、アルペンとは全く違う競技特性を持っています。
アルペンは「タイム」を競う競技。
自分との戦いです。
一方、スキークロスは4人が同時に滑り、「着順」で勝敗が決まる対戦型。
相手との駆け引きや接触もあり、戦略性が求められます。
須貝選手はアルペンで培った「高速での滑走技術」という武器を持ちながらも、スキークロス特有の「ジャンプ技術」「バンクでの走行ライン取り」「相手との駆け引き」などを一から学び直す必要がありました。
転向当初は苦労も多かったそうです。
でも、「新しいことを学ぶワクワク感」「成長を実感できる喜び」が、彼を前に進ませたんですよね。
公式サイトには「日本人初のスキークロス競技メダル獲得という前人未到の目標を実現するために」という言葉があります。
この覚悟と情熱が、世界選手権銅メダルという形で結実したんです。
本当に素晴らしい!
転向後の活躍がすごい!北京五輪出場までの道のり
スキークロスに転向してからの須貝選手の成長スピードは、まさに驚異的でした。
転向わずか3年で北京五輪代表に
2019年に転向してから、須貝選手の戦績は目を見張るものがあります。
【スキークロス転向後の主な戦績】
・2019年 スキークロス転向、ワールドカップデビュー
・2020年 ワールドカップ 5位入賞(自身初のワールドカップ入賞)
・2021年 ワールドカップ 2位(自己最高成績)
・2021年 世界選手権代表 ・2022年 北京五輪代表
転向してわずか3年で五輪代表に選ばれるって、本当にすごいことなんです。
アルペンで培った技術の高さと、新しい競技を吸収する柔軟性。
そして何より「絶対に五輪に出る」という強い意志があったからこそですよね。
2021年にはワールドカップで2位に入り、表彰台にも上がっています。
転向1年目は15位、2年目は5位、3年目は2位と、着実に成長曲線を描いていく様子が本当にかっこいい!
日本歴代最高17位の快挙
そして迎えた2022年2月の北京五輪。須貝選手は初めてのオリンピックの舞台に立ちました。
結果は予選全体3位で決勝トーナメントに進出し、最終的に17位。
これはスキークロスが冬季五輪に採用された2009-10年シーズン以降、日本勢で最高成績だったんです!
予選では4人一組で滑り、写真判定で惜しくも敗退。
レース後のインタビューでは「最後は手の長さの差だった」と悔しさを語っていました。
数センチの差でメダル圏内を逃したものの、初出場でここまでの結果を残したことは本当に素晴らしいと思います。
この経験が、次のステップへの大きな糧になったんですよね。
2026年ミラノ五輪でメダルへの挑戦
北京五輪後も須貝選手の成長は止まりません。
2023年3月のワールドカップでは自己最高に並ぶ2位。
ワールドカップランキング6位という好成績を収めました。
そして2025年3月、スイス・サンモリッツで開催された世界選手権で日本人初となる銅メダルを獲得!この快挙により、須貝選手は一躍ミラノ五輪のメダル候補に名乗りを上げました。
しかし、2025年12月にアクシデントが。
W杯予選で転倒し、左股関節脱臼と大腿骨頭骨折という大けがを負ってしまったんです。
診断は全治約6カ月。
それでも須貝選手は「リハビリで痛みはあるが、日常生活は大丈夫。
ミラノ五輪でスタート台に立ち、メダルを目指したい」と力強く語っています。
この不屈の精神が、本当にすごいです。
2026年2月のミラノ・コルティナ五輪まで、もう目前。
けがを乗り越えて、日本人初のメダル獲得を成し遂げてほしいですよね。
私も全力で応援しています!
須貝龍の妻は元アルペン日本代表!アスリート夫婦の絆
須貝選手を語る上で欠かせないのが、妻の未里さんの存在です。
二人はまさに「アスリート夫婦」なんですよ。
妻・須貝未里さんはどんな人?
須貝龍選手の妻は須貝未里(すがい・みさと)さん。
旧姓は金子未里さんといい、元アルペンスキー日本代表という経歴を持つアスリートなんです!
未里さんは秋田県大仙市出身。
立命館大学時代にアルペンスキー選手として活躍し、全日本スキー選手権にも出場した実力者です。
2021/2022シーズンには、全日本スキー連盟のアルペン委員会のアドバイザーも務めていました。
つまり、須貝選手と未里さんはスキーで出会った「スキー夫婦」なんですよね。
お互いにアスリートとしての苦労や喜びを分かち合える、最高のパートナーだと思います。
現在、未里さんは2人の息子さんの母として子育てに奮闘中。
インスタグラムで育児の様子やスキーの思い出を発信されています。
そのアカウントを見ると、家族をとても大切にしている温かい人柄が伝わってきますよ。
結婚記念日は「スキーの日」!夫婦のエピソード
須貝夫妻の結婚記念日は2019年1月12日。
そう、「スキーの日」なんです!
未里さんのインスタグラムには、結婚記念日についてこんな投稿がありました。
「今日はスキーの日。そして6回目の結婚記念日。
『結婚記念日を夫婦で過ごす』という概念が全く無くハイシーズンに入籍した6年前。
案の定、お互いスキー漬けで、私なんか他の人の#スキーの日 投稿を見て
『あ、今日結婚記念日だ』って思い出すレベル(笑)」
このエピソード、すごく微笑ましいですよね!
スキーに人生を捧げている二人だからこそ、あえてこの日を選んだ。
そして結婚記念日さえ忘れちゃうくらいスキーに夢中になれる。
それって、お互いを理解し合っているからこそできることだと思うんです。
私も夫と二人旅行に行ったり、家族旅行を楽しんだりしていますが、お互いの「好き」を尊重し合える関係って本当に大切ですよね。
須貝夫妻のような絆に、憧れちゃいます!
子供はいる?家族構成
須貝龍選手と未里さんには、2人の息子さんがいます。
長男のレンくん(2020年3月生まれ)、次男のコハクくん(2022年1月生まれ)。
そしてもう一人の家族である愛犬のルシアちゃん(2015年9月生まれ)も!
未里さんのインスタグラムには、息子さんたちとスキー場で遊ぶ様子や、家族で過ごす日常の写真が投稿されています。
特に印象的だったのが、レンくんとゲレンデで初滑りを楽しむ様子。
未里さんは「念願の初滑り!」と喜びを綴っていて、スキー一家ならではの微笑ましいエピソードですよね。
実は、長男のレンくんはダウン症を持って生まれました。
未里さんはそのことをオープンに発信し、「子どもの障害は隠さない」という姿勢で育児に向き合っています。
次男のコハクくんも先天性心疾患があるそうですが、家族みんなで支え合いながら前向きに暮らしているんですよね。
その姿勢に、私は本当に心を打たれました。
私も娘二人を育ててきましたが、子育てって本当に色々なことがあります。
でも、どんな時も家族で支え合い、子どもの笑顔を大切にする。
そんな未里さんと龍選手の家族の絆が、本当に素敵だなと思います。
龍選手は過酷な海外遠征が続く中でも「家族が一番」と語っており、日本で暮らす妻と息子たちが最大の支えになっているそうです。
きっと、家族の応援があるからこそ、厳しいトレーニングや試合を乗り越えられるんでしょうね。
世間の反応やSNSの声
須貝龍選手について、SNSやネット上ではどんな声が上がっているのでしょうか。
「須貝龍選手、イケメンすぎる!スキークロスの試合見たけど、めちゃくちゃかっこいい!」
「世界選手権で銅メダル獲得おめでとう!日本人初ってすごいよね」
「アルペンから転向して成功するって並大抵じゃない。努力の人だなぁ」
「奥さんも元日本代表なんだ!アスリート夫婦って素敵」
「けがから復帰してミラノ五輪でメダル取ってほしい!応援してます!」
やはり「イケメン」という声は多数(笑)。
でもそれ以上に、異色の経歴や諦めない姿勢に共感する声が多く見られました。
特に世界選手権銅メダル獲得の際には、多くのメディアが取り上げ、「日本スキークロス界の歴史を変えた男」として大きな注目を集めました。
また、けがからの復帰についても「不屈の精神がすごい」「絶対にメダル取ってほしい」という応援の声が溢れています。
私もその一人です。
人生で何度も転機があって、そのたびに「もう一度挑戦してみよう」と思えた経験があるからこそ、須貝選手の姿勢にすごく共感するんですよね。
まとめ:須貝龍は異色経歴から五輪メダルを目指す!
須貝龍選手について、この記事で分かったことをまとめます。
・1991年12月11日生まれの34歳、新潟県胎内市出身
・元アルペンスキー日本ランキング1位の実力者
・2018年平昌五輪代表を逃し、2019年にスキークロスへ異色の転向
・転向わずか3年で北京五輪代表、日本歴代最高の17位
・2025年3月の世界選手権で日本人初の銅メダル獲得
・妻の須貝未里さんも元アルペンスキー日本代表のアスリート夫婦
・結婚記念日は1月12日の「スキーの日」
・2人の息子さんと愛犬1匹の5人家族
・2025年12月に大けがを負うも、2026年ミラノ五輪でのメダル獲得を目指す
須貝龍選手の「諦めない心」と「挑戦し続ける姿勢」が、少しでも伝わっていれば嬉しいです。
アルペンで日本一になっても世界の壁に阻まれ、競技を変えてまで夢を追いかける。
その覚悟と努力には、本当に頭が下がります。
私も50代になって、「チャレンジ」をモットーに生きています。
年齢を重ねても、新しいことに挑戦することの素晴らしさ。
須貝選手の姿から、改めて教えてもらった気がします。
そして、家族を大切にしながらも世界の頂点を目指す姿。
妻の未里さんや息子さんたちの支えがあるからこそ、厳しいトレーニングや試合を乗り越えられるんでしょうね。
家族の絆って、本当に人を強くしてくれるんだなって感じました。
2026年2月のミラノ・コルティナ五輪。
大けがを乗り越えて、日本人初のメダル獲得を成し遂げてほしいですよね!
スキークロスの歴史を変えた男が、次はオリンピックの舞台で表彰台に上がる。
その瞬間を、私も家族と一緒に応援したいと思います!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


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